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 劇団スーパー・エキセントリック・シアターに所属し、役者として 主演メンバーの一躍を担いながら、退団に至るまで三宅裕司の演出助手を務めた水木英昭が、 1995年に脚本に劇団しゅうくりー夢の座長である松田環を迎えて「SO SOLDIER (ソー・ソルジャー)」を上演。水木英昭プロデュースが始まった。
 年に一度のペースで怒涛の公務員シリーズ3部作と称し「ネイキッド・ポリス」「LAZY MIDNIGHT」を発表し好評を博した。
 その後、青山円形劇場に進出した「蘇州夜曲」では、キョードー大阪と提携し近鉄小劇場で上演。その成功をきっかけに、東京、大阪での公演が恒例となる。更に「SO SOLDIER (ソー・ソルジャー)」の再演では尾道演劇祭の招聘公演としても幅を広げ、 映画化への夢も実現させた。
 そして1999年12月31日に初日を迎えた2000年シアターサンモール・カウントダウン公演「房州挽歌」では、 3,000人を超える動員を記録し、演劇界内外にも注目を集めた。
 しかしながら2000年水木英昭の退団に伴い、水木英昭プロデュースは一旦休止をすることとなる。

 水木英昭は退団後は舞台、映画やVシネマへの出演、イベントやパフォーマンス公演の演出、映画制作と、様々な分野で活躍。2005年9月シアターグリーン柿落とし公演「ホンキートンク・ブルース」にて“水木英昭プロデュース”を復活させ、かつて以上のパワフルな 舞台を上演し好評を博す。
 その後“眠れぬ夜シリーズ”と称し、毎回様々な分野からのゲストを呼び、意欲的に舞台活動を展開し、毎公演確実に動員数を伸ばしている。また、2007年7月スイートベイジルにてのLIVEを成功させ、音楽と演劇とのコラボレーションによる新しいスタイルのLIVEでその活動の範囲を広げている。
 水木英昭プロデュースは、毎回、演劇界はもとより、音楽、映画、パフォーマンス等の各分野のアーティストを集結させ、アーティストひとりひとりの個性を突出させ、更にそれらが融合することにより生まれる新しい感性・演出、また楽曲、美術等の効果により、その独創的な作品を創造している。

 日本の演劇及びエンターテイメントの世界で、演劇でありながら演劇の枠にとらわれない、そのオリジナルの作品で世界にも通じるエンターテイメントを追求しながら、現代の様々な人間模様の中、人の苦悩や楽しさ、生きることへの姿勢、様々な愛のかたちなどを、親しみやすいコメディを通すことにより、老若男女問わず、全ての人々へ笑いと感動と心の潤いを提供することを目的としている。
 また、演劇を通じて、特に次世代を担う若者たちに、独創性と責任感の大切さを感じとってもらえるような作品を創りあげることも志のひとつである。


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水木 英昭 (みずき ひであき)

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1969年4月28日生 茨城県出身 
所属:水木英昭プロデュース

〔略歴〕
1987年劇団スーパー・エキセントリック・シアター入団。以降2000年退団に至るまですべての本公演に出演。
1994年より三宅裕司の演出助手を務めるとともに主演クラスで舞台に立つ。
1995年より自らのプロデュース「水木英昭プロデュース」で構成・演出・出演の舞台 「SO SOLDIER(ソーソルジャー)」「ネイキッドポリス」「LAZY MIDNIGHT」「蘇州夜曲」 「房州挽歌」を手がける。
その間、映画、TV等で幅広く活動。

退団後は、GSミュージカル「I LOVE JOKERS」、堺正章座長公演「ねずみ小僧」(明治座)、山田邦子座長公演「江戸っ子芸者夢奴奮闘記」(三越劇場)、TV「おばんざい」(ゲスト出演/TBS)等に出演。2006年1月には自身が手がけた「SO SOLDIER」が映像化され「サバイバル自衛隊」としてTSUTAYA等でリリースが開始された。
2005年9月にシアターグリーン柿落とし公演を期に“水木英昭プロデュース”を再開し“眠れぬ夜”シリーズ公演を上演し、好評を博している。
また、2007年7月スイートベイジルにてのLIVEを成功させ、音楽と演劇とのコラボレーションによる新しいスタイルのLIVEでその活動の範囲を広げている。

原 育美 (はら いくみ)

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1967年4月1日生 横浜市出身 
所属:水木英昭プロデュース

〔略歴〕
1984年東京キッドブラザース研究生を経て、1985年劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)入団。
劇団の掲げるミュージカル・アクション・コメディーの元、全ての本公演に出演。在団中の岸谷五朗・寺脇康文らのプロデュース公演にも参加。アクションを武器に劇団の公演で活躍すると共に映画・テレビ等でも活動。 水木英昭プロデュースを立ち上げたメンバーの一人。

2000年退団後、フリーで演劇活動をしながら、フィリピン・カオハガン島を支援する「NGO南の島から」に参加し事務局長を12年務め、 その活動の中で、島の子供たちにミュージカルを指導、上演(作・演出・振付)。 フィリピン文部省セブ要員の絶賛も受け、以後毎年続けられていた。

2005年復活した “水木英昭プロデュース”に女優・制作として参加。

宮本 大誠 (みやもと たいせい)

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1966年11月4日生 青森県出身
所属:(株)CES

〔略歴〕
大学卒業後、「俺を入れなきゃ後悔する」と、面接で断言しサラリーマンとなるが、「俺には役者しかない」と、10ヶ月で退職。
大学OBというだけで、面識のなかった西岡徳馬氏に弟子入りを志願し、芝居の勉強を始める。

1991年映画「新極道の妻たち」でデビュー。映画「新・男樹」の主役に抜擢される。
また、アニメ版「サラリーマン金太郎」では声優として矢島金太郎を演じた。

その後、TV・映画・Vシネマで活躍するほか、最近では舞台にも意欲的に取り組んでいる。

津田 英佑 (つだ えいすけ)

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1970年10月27日生 東京都出身
所属:オフィスまとば

〔略歴〕
'92年「大草原の小さな家」でミュージカルデビュー。
'98年「蜘蛛女のキス」で初のソロナンバーに挑戦、'99年の「レ・ミゼラブル」にアンサンブルで参加し、翌年'00年には念願のマリウス役を 務め注目を集める。
ミュージカル作品のほか、「フォーティンブラス」「わたしの宝島」などのストレートプレイにも意欲的に参加。
「Rhapsody in Dream」や「Singers」といったコンテンポラリーステージでも大いに観客を沸かせている。
劇団四季「マンマ・ミーア!」で爽やかにスカイ役を演じたのも記憶に新しい。
最近では声優にも挑戦し、アニメ「真・女神転生デビルチルドレン」「遊戯王」「テニスの王子様」のほか、映画「インファナル・アフェア」 ではラム・カートンの声にて新境地を開拓。
ディズニー映画「アナと雪の女王」ハンス王子役にて注目を浴びる。

大橋 ヒカル (おおはし ひかる)

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1975年2月8日生 石川県出身

〔略歴〕
2人組のユニットで、東芝EMIよりメジャーデビュー。
解散後は、ソロヴォーカリストとしてライブや音源製作、様々なイベントに出演するなど精力的に活動すると共に、 新たに俳優としての活動も始め舞台や、映画、ミュージカル出演など、幅広く活躍中。
舞台「森は生きている」、映画「HERO 零話 -Experiment Preparation-」などに出演。
最近ではものまねの世界にも進出し、日テレ系「ものまねバトル」に出演し、新人部門にて優勝を果たす。現在B'z軍団のリーダーを務めている。

ヒトシ・ギルバートJr.

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1975年4月1日生 熊本県出身

〔略歴〕
1995年、福岡県の国立有明工業高等専門学校建築学科を卒業後、清水建設へ就職するが、中学生の頃から想い続けた役者の道を諦める事ができず、2000年退職、役者の道へ。
主に小劇場での舞台で活動し、CM、ドラマなどにも出演。
2002年映画『サバイバル自衛隊』で水木英昭と出会い、2005年『ホンキートンクブルース』に陸斗(オブラート)役で出演。
数々の水木英昭プロデュース作品に出演。